小さな「表現」の循環
- のぞみ 箕村
- 8月28日
- 読了時間: 3分
更新日:8月29日
白い砂浜と完璧なまでに美しいエメラルドグリーンの水だ…まるで内側の泉みたい…と、私はとても惹かれてこのカレッツァ湖の写真をHP使っていました。
内側の水はまるでグランディディエライトの宝石のような色合いに見えていたからです。

けれど現実では、整ったと思えたのにまた「顔」が荒れることが続き、ちょうど同じ頃「表現のあり方」についてお客様に伝える機会も重なりました。
表現はそれがプライベートのことなのか、仕事なのかでも反映する場所は変わりますが、とても大切なことのひとつなのです。
さらに、水槽のバクテリアのことで彼と話すことも繰り返して起きていて、「どうして?」と考える日々が続いていたのです。
そんな中で調べてわかったのは、あの湖はイタリアに実在するけれど、栄養の乏しい“生き物の住めない水”だったということでした。
エメラルドグリーンの美しさに強く惹かれた一方で、それは自然の循環から切り離された、孤立した美しさだったのです。
実はこの気づきの前日、私は内側の世界で「土」を見直していました。
ここ数日久しぶりにラピュタやナウシカを続けて観る機会があり、そこで「土と離れては生きられないの」「汚れているのは土なんです」というあの象徴的な言葉も耳に残っていましたから。
それは、私自身に「土=循環の中での汚れや菌の役割を見直すこと」を強く促すものだったのだと思います。
私の内側の世界は美しかったけれど、“広がりを拒む方向”で固められていたのでした。
バクテリアのいない、綺麗すぎる水は実は簡単に揺らぐほど安定しないように、自然界に存在するのは必ず循環を伴う生命の営みです。
改めてそのことに気づいたとき、「顔」や「アイコン」といった仕事の顔も変える必要があると感じました。
内側を先に変えました。
綺麗すぎる場所から、虫や枯れ葉や苔などが満ちた、そしてリアルな生命の営みから生まれる「汚れ」を含んだ場所に。
植物達は一気に生き生きとして艶めきました。
海の中でもバクテリアの種類は違いますが、それは同じく…水には深みが出て、多様な生き物の数が一気に増えていきました。
このことからもわかるように、内側のことを示していくのには、外側での知識もとても重要です。
そして、新しい写真には、これだと惹かれるものがありました。同じエメラルドグリーンでも海です。
オーストラリアで買ったブラックオパールみたい。アドリア海の海といえば紅の豚ですね。それもちょうどラピュタ、ナウシカに続いて見始めてたところ🌹
知らずに選んでいましたが、元々の湖もどちらもイタリアだな🇮🇹

風が抜け、光が差し込み、水に動きのある景色。
バクテリアが活性化するには栄養素だけではく、酸素や流れが不可欠で、ただ静かに澄んでいる水では循環は生まれないからです。
また、あえて車のある景色にすることで「生活のリアル」も示しました。
内側の世界とは幻想ではなく、現実とつながる“リアルな場所”であることを強調できる形にしたのです。
他のところにも、勿論たくさんの意味と、そこからまた新たなヒントがとても多くあります。
こうした小さなことへの「表現」にすら、たくさんの意味があり、それはとても大きな現実での変化にも繋がっていくものです☺️
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