表現するのは誰の為?
- のぞみ 箕村
- 4月27日
- 読了時間: 7分
皆様こんにちは、non.です☺️
いかがお過ごしでしょうか?
ゴールデンウィークも目前に、というか…既に早い方ですと入っていらっしゃる方もいるのでしょうかね?
ワクワクしている方も、いつもと変わらないよという方もいらっしゃるでしょうが、どうぞ普段お忙しい皆様はゆっくりご自愛しつつ、楽しくお過ごしくださいね!
私の方は、GW中は通常通りですが、翌週の7日〜12日はお休みとさせていただきます。
Instagramの方にも後ほど書いておきますね。
ご連絡のお返事等は急用でない限り、遅くなるかもしれませんので、ご容赦くださいませ。
先日ライフマトリクスという理論のことをブログに書いてから、私はずーっと本作りをしておりました。
勿論日々のことや仕事もありますので、その合間にはなるのですが、久々に私の過集中モードがきまして😂笑

これは内側が喜んだとき起こることなので、久しぶりのこの感覚が本当に嬉しくもあったのですが、、側から見たら、恐ろしいくらいそれに集中してしまうのですよね。笑
ご飯のことも寝ることも忘れてしまうくらい。
寝ようとしても書きたくて作りたくて…どうしようもない欲求に負けて、眠れなくなってしまうから、起きて纏めるという…。
勿論、身体にはものすごく負担になりますし、おすすめすることではないのですが、こんな風に情熱を感じるのは本当に久しぶりのことで…
しかも、この本は、まだ理論のことを現実的に示すものなので、後から作ろうと思っている自分達のストーリーの方ならまだしも、「どう考えても、頭では書きたくて眠れないほどワクワクするとは思えない」ものだったのです。
つまり、この情熱は紛れもなく内側のものだということ。
書き始めてから、一気に色々な出来事が起こりまして、これは書いておけよってことなんだなと思いながら、久々の揺さぶりの数々に、心も身体もとても忙しくしておりました…。笑
そんなこんなで、なんとか文章や、図解の方は完結してきて、一旦ここ2日くらいはしっかり寝られるくらいには落ち着きました😌
この構造の本は、あくまで現実的な実用書にしたいので、これまでの感性に訴えかけるようなもの達とは違った表現にしたくてですね。。
まだ挿絵が途中段階でして、試行錯誤を重ねている状態でございます🙇♀️
しばしお待ちくださいね!
でね、、
こんな風に書くと、内側が本当にやりたいことをやる時はそんな風に物凄い衝動とスピード感がないといけないんだ!
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これはあくまでも『今回の私の場合』です。
そもそもあまりにやりすぎてしまうことは、クオリティにも影響しますし、視野が狭くなる場合もあります、同時に身体への負担がもの凄いし、他のところに悪影響が出る場合もあるからあまり良くないことです。
ただ私の場合、この奥から湧き上がるものすごく強い衝動?ワクワク?みたいなものを感じたのが本当に久しぶりで。。
まぁ、とにかくーーただただ嬉しかったんです。
だからこそ、それをわかった上で一旦まず内側の好きなペースでやらせてあげたかったということでもあるし、このことは他の誰とも関係ない私1人の作業であったので、どれだけ早く進めようが何回直そうがこだわろうが、やりたいように自分のペースでやることができる。
かつ、それに合わせるように少し前から体力作りもしていたから、何とかなったというわけです。
とはいえ、本当に普段ない出来事も起き、心の揺さぶりも起きるわけなので、色々な意味でしんどくて疲れましたし、何度か抜け殻になりましたが…😂
でもそれでも、内側の熱を感じる圧倒的な嬉しさの方が勝りました。
今日のタイトルにも書きたかったのは、こういった…表現の話です。
私のように仕事として表現している場合は、勿論受け取る側の視点をきちんと考えることは必須なのですが。

もしあなたが、例えば自分のパートナーシップの変化を求めて「内側の為に表現して」ということから、何かしらブログなどで表現したり、作品なりを作りたい場合、そして特にそれが現段階では仕事としての形としては機能していない場合、あなたが考える必要のあることは「これを見て内側がどう思うか」だけです。
これを、見た人がどう思うか?
人に役に立つものなのか?
こんなの求めてる人はいないんじゃない?
そんなことはどうでも良くて。
「内側の存在達の声をもっと聞く為に、そことの繋がりの為に表現すること」が必要なだけなのです。
その一番大事なベースを忘れないこと。
人の役に立つかどうかを、なぜこの段階で考えてはいけないかと言うと、このことを知るまで表現することを抑えていた方々の多くが
「自分が求めているもの」「自分にとって役に立つ」とか「自分が必要としてきたものや情報」などを表現しようとするんです。
例えば「自分が手に入れて嬉しかった作品」や「こうしたらできたという答えや理論」もそうですね。
勿論それらが世の中にない場合は、それを一からあなたが見つけ出しても良いのですが、、
もし仮にあなたがそれらの好きなものを手にして、またはあなたが何か役立つ情報などを見つけて、それで救われたのであれば、あなたがそれを自分のものとして作り出したり、語っても仕方ないわけです。
だってそれはもう世の中に存在しているもの、発信している人がいるということですもんね?
であれば、単純にその人のことを必要な人に届くように紹介するなり、それを広めるなりする方が余程、あなたの本音、内側に根差したものになります。
では何をすれば良いか?
何よりも大切なのは、「あなただけが作れる物」「あなた自身が得てきた実体験」や「あなたの本音、あなたの行動」の方なんです。
ものづくりでは難しく感じるかもしれませんが、それを作る時に、自分しかできないオリジナルのところが少しでもあれば良いわけです。
それははなんだろうか?
文章で表現するなら、あなたがどう過ごしてきたか、どう悩んでいたか、どうやって生きてきたか…?
もしそれが頭で考えた時には到底誰の役に立つように思えるものでなくても、それらが、あなただけの声であり、表現であり、内側があなたに届けてきたもの達だからです。
だから、ある程度の形を整えることは素晴らしいことですが、自分にとって素晴らしいと感じる誰かと同じような形にしようとしなくていい。
勿論、そこと比較して落ち込む必要もない。
寧ろそれではあなたにしかできないものには決してならない。
あなたが、あなたの内側から得てきたことに自信を持って表現してあげればいい。
もしあなたが誰かを好きなら、信じてるなら、それこそそのまま書けば良い、それが本音でしょう?
大切なのはあなたがあなただけを信じるってだけではないのですよ。あなたの心が信じるものを表現すること。
それがつまり、それを教えてくれた内側を信じていると伝えることになるからです。
表現するのは内側のみんなの為なのです。
表面的なあなたの為ではないから、言ってしまえば、それらの価値をあなたが理解する必要はないのです。
ただ今のあなたの本音であれば良い。
実際には、そうやって表現されたものは全て、あなたのパートナーシップや人間関係として帰ってくるし、必要な誰かにとっての救いになります。
人はいつでも正しい答えを聞ければ良いだけじゃないでしょう?
単に共感してほしいだけの時もある。
悩んでたのが自分だけじゃないって安心したい時もある。
単にクスッとしたり、ほっこりした気持ちになりたい時もある。
全て本当に大切なことに変わりはないわけです。
でも、本当に誰かのためになるかどうかは、私たちが決めることではありませんし、それを悩んでいる間は、私のように、疑い深い人間であればあるほど(笑)遅くなってしまい、内側を悲しませたり、怒らせるだけですからね😂
だから、もう一度、この仕組みと、行動の目的を見直してみましょうね。
ということで、特にこれはスクールやセッションに通う方に向けて書きました。
ぜひ参考になさってみてくださいね☺️
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